公益社団法人佐倉青年会議所
2026年度理事長所信

~共に生きる~

第51代 理事長
 尾崎 美香

はじめに

  1987年神奈川県横浜市に生まれ、3歳の頃からこの佐倉の地に根を張り育って参りました。幼い頃は木登りや虫取り、BB弾探しに秘密基地づくり、田んぼや小川でザリガニを捕り、そして印旛沼で釣りを楽しみながら、自然に囲まれてのびのびと過ごしました。

笹の葉で笹舟を作ったり、野花でアクセサリーを作ったり――その作り方を近所のおじいちゃんやおばあちゃんが教えてくれました。商店にお使いに行けばおじさんやおばさんと何気ない会話を交わし、門限を守らなければ締め出しをくらいながらも、近所の方が心配して声をかけてくれたりと、そこにはいつも人と人との温かな関わりがありました。思春期には道を踏み外す時期もありましたが、変わらずそこにはさまざまな方向から気づきを与えてくれる大人たちと、私を包み込んでくれる環境がありました。そんなこの地、佐倉が、私は心から大好きです。

 2005年、子を産み母となったことで、時代の変化をこれまで以上に敏感に感じるようになりました。ニュースでは「子どもの自殺過去最多」という見出しが並び、強盗事件の多発、SNSでの誹謗中傷、地域の過疎化、隣に住む人の顔も知らない日常、不登校の増加…。さらには、何にでも“ハラスメント”の言葉がつき、コンプライアンスという名の過度な制限も目立つようになりました。私が育った幼少期からの世界とは、どこか大きくかけ離れているように感じています。

 もちろん、とても便利な時代になりありがたい産物も数多くあります。だからこそ、どのように接し、活用し、対応していけば、より良い社会を築けるのか――母として、地域の一員として、私は時折深く物思いにふけるのです。世の中の移り変わりが早いがゆえ、何がどう在れば正しいのか、何をどうしたらより良く活用できるのか、様々なものに対しての「答え」が見えない課題に。ただ確実に「答え」を言えるとすれば、私はこのまち、そしてここで出会った人々に豊かさを与えていただいているのだと。

 だからこそ、私はこの地、そして様々な出会いを心から大切に思い、誇りに感じています。この想いを胸にいま、豊かさとは何か、明るい豊かな社会を築くべく行動する青年会議所の一員として、このまちに何を返し、どのように未来へとつないでいくのか――共に生き、共に繁栄していくきっかけ創りになるようそれぞれの役目を位置付けて参ります。

『交流を図り、柔軟性の高い組織へ』

 組織運営において、最も大切なのは「人と人との信頼関係」であると私は考えます。

そして、その信頼を築くためには、やはり人間関係の構築が欠かせません。淡々と定例会をこなすだけでは、そこに“想い”をのせることはできません。AIが著しく発達した現代だからこそ、私たちは一人ひとりの想いに耳を傾け、その人自身を知ることがますます重要になっています。

 人にはそれぞれ得意・不得意があります。大切なのは、価値観を押し付けることなく伸ばし合い、わからないことがあれば互いに教え、伝え合う姿勢です。より良いものを創り上げるためには、認め合い、補い合う関係が欠かせません。何より私自身、不得意なことが多いからこそ他者をジャッジする立場ではなく、共に高め合う仲間でありたいと強く思っています。歩み寄り互いを知ることは、やがて手を取り合うことにつながります。

 それは組織運営において、助け合いや風通しの良さを生み出し、私たちの団体を明るく、そして活動的なものへと成長させてくれるはずです。個々の想いを理解し、尊重し合うことで、メンバー一人ひとりの力が結集し、より良い事業を創造できます。そしてその姿勢こそが、新たな仲間を呼び込み、共に歩む同志を増やしていく原動力となるのです。

 仲間同士の絆を深め、それが土台となり、互いに自らの意志を明確に示し、その想いを創造し、対内外の多くの人々に伝えていくこと。それこそが使命であり、「明るい豊かな社会」の実現への始まりであると信じ、本年度も活動してまいります。

『青少年の心身の強さを育む』

 幼い頃、よく「石の上にも3年」や「やってみなければ分からない」という言葉を親から繰り返し聞かされました。子どもの私は小言にしか思えず、聞き流していたものです。

 しかし、大人になり多くの困難に直面したとき、不思議とその言葉が心に浮かび、支えとなり、乗り越える力を与えてくれました。子どもの頃の経験や言葉は、後になって必ず生きる力へと変わるのだと実感しています。

 人は苦しい局面に立ったとき、様々な想いが心を駆け巡り、その時の選択によって未来は大きく変わります。挑戦の先にある成功や失敗の積み重ねから多くの解釈や気づきが生まれ、人は成長していきます。

 しかし現代社会では、大人と子どもと困難に直面した際に心が折れてしまう姿を目にすることが増え、子どもに関する悲しいニュースも後を絶ちません。そして、公園でのびのび遊び、遊びを創造するという機会は減り、手にしているものは画面越しの世界。すぐに選択ボタンひとつで終わらせられる世界。私はその現状に強い危機感を抱いています。だからこそ、私たちは子どもたちに「強さ」と「優しさ」、そして「生」を学んでほしいと願います。「強さ」とは困難に立ち向かう勇気であり、「優しさ」とは他者を思いやる心です。そして「生」とは、目にして、触れて、耳にして、その時の匂い、味覚と五感で感じる温もりそのものです。

 本年度の青少年事業は、この「強さ」と「優しさ」と「生」を育むために、挑戦・体験・感謝の三つを柱に据えて展開します。挑戦を通じて粘り強さを学び、体験を通じて五感で自らの可能性を知り、感謝を通じて人とのつながりと温もりを尊重できるように。

 そうした学びの積み重ねこそが、子どもたちの未来を切り拓く力になると信じています。

だからこそ、私たち大人は責任を持ってその環境を整え、子どもたちが自ら学び、悩み、乗り越える機会を与えなければなりません。その先にこそ、子どもたちが「強さ」と「優しさ」と「生」を持ち、生きるという事を胸に抱き、未来を照らす光となる姿があります。そして、その歩みが「明るい豊かな社会」この国、この星の財産へとつながるのです。

『明るいまち、明るい未来』

 私が育ったこの佐倉市には、豊かな自然と、長い歴史の中で培われた文化や伝統が根付いています。スポーツも盛んに行われており、さらに、都心や国内外へのアクセスにも恵まれ、自然と都市の両方の魅力を持つまちです。

 幼い頃の記憶を振り返ると、やはり心に残っているのは大自然の中で遊んだ日々、そして花火大会やお祭りといった地域の催しでした。人との交流はもちろんですが、こうした行事があったからこそ「このまちが大好き」と胸を張って言えるのだと思います。

 そして大人になった今、それらの催しが、多くの団体や地域の大人たちが文化や伝統を継承し、新たな企画に挑戦しながら、膨大な時間と労力をかけて守り続けてきた賜物であることを実感しています。

 青年会議所としても、この文化の継承と新たな挑戦は欠かすことのできない使命です。継承とは単なる保存ではなく、地域に住まう人々が「自分のまちを大切に思える心」を育むことにつながります。日本、そして佐倉ならではの文化や伝統を伝え、まちそして心を明るく照らし、さまざまな団体や大人たちと手を取り合いながら佐倉の魅力・文化を発信していきます。それにより、地域住民や近隣の人々がこのまちの新たな一面を発見し、誇りを再確認できるはずです。そして同じ志を持った仲間が賛同するきっかけにもなると信じています。

 地域に生きる人々が笑顔になれる場をつくることは、地域の活性化や人口流出の歯止めとなるでしょう。人が集い、共に汗をかき、笑い合うときにこそ、まちには活気が生まれます。青年会議所はその場を創出し、地域の声を受け止め、可視化し、次の行動へとつなげていきます。その積み重ねこそが、持続可能なまちづくりの礎になると信じています。

『組織の橋渡し』

 「青年会議所は大変だ」ー

 私自身もそう感じてきましたし、周囲からもそう言われることが少なくありませんでした。

 かつては理事会が深夜に及ぶこともありましたが、近年では様々なツールを活用し、改善の兆しが見え始めています。円滑で期日通りの運営を実現するためには、徹底したスケジュール管理、こまめなリマインド、密な連絡が欠かせません。各委員会との連携はもちろん、事務局が組織の根幹を支える「要」となり、会議をより効率的で実りあるものへと導いていきます。

 「大変な組織」から「実りある組織」へ―― そのイメージ転換こそ、私たちが今成し遂げるべき挑戦です。

 さらに防災においては、佐倉市が八街市、酒々井町と防災協定を結んでいることを踏まえ、有事の際にはスムーズな連携を図ります。自助・共助・公助の三原則に基づき、被害を最小限に抑える取り組みを、青年会議所として率先して推進してまいります。

 事務局は、各委員会と理事会、そして地域をつなぐ“橋”です。この橋を強固に築き上げることが、やがて大きな城を支える礎となり、組織全体をより力強く、揺るぎないものへと成長させると信じています。

 そして、私たちの取り組みを広く地域に伝えていくことも、今後ますます重要になります。青年会議所の活動を“見える化”し、地域の方々に共感と信頼を得られる発信を行うことで、より多くの仲間とともに地域の未来を創っていきたいと考えています。情報発信は、私たちの想いと行動を社会につなぐもう一つの「橋」です。

『創立50年を迎え、その先へ』 

 佐倉青年会議所が誕生して50年が経ちました。半世紀という長い月日の中には、時代の移り変わりや社会の大きな変化がありました。私自身が生きてきた38年の中でも数多くの変化を経験しましたが、それをも超える歴史をこの組織は紡いできたのです。先輩方が積み重ねてきた想いは、伝え方こそ時代に合わせて変わったかもしれません。けれども変わらないものがあります。それはこのまち、この国、この星をより良くしたいという想い。そして、未来を担う子どもたちに夢を与えたいという願いです。その想いが脈々と受け継がれ、今日まで繋がれてきました。

 私たちはこの歴史を形として残し、60年、70年、そして100年先へと、さらに未来へとつなげていかなくてはなりません。これは「青年会議所だから」ということではなく、同じ志を持つ者が集うからこそできることです。だからこそ、私たちは一人ひとりの想いを尊重し、互いに響き合いながら次代へとつないでいかなくてはならないのです。

 まさに「共創共栄」――共に創り、共に栄えること。それこそが、この佐倉のまちに灯し続けるべき希望であり、未来を築く力であると信じています。

『結びに』

 人は決して一人では生きてはいけません。私たちの暮らしは、日々の食卓から仕事や学びに至るまで、すべて誰かの関わりや支えの上に成り立っています。だからこそ一人ひとりの存在を尊び互いの想いを受け止め、響きあいながら共に歩むことが大切です。

 『幸せ』とは新たに、そしてどこかに求めるものではなく、すでに私たちの傍らにあります。気づき、共鳴し、助け合い、繋げていくことで、その幸せはより豊かに広がり、未来へと受け継がれていくのです。

 共に創り、共に栄える。

 その姿勢こそが、青年会議所が掲げる『明るい豊かな社会』への一歩であり、100年先の未来を照らす光になると信じています。私はこの佐倉のまちを愛し、誇りに思い、この仲間たちと共に歩めることに感謝しています。

 どうか皆様と心をひとつにし、互いを活かし合いながら次の世代へとつながる礎を築いてまいりましょう。